This page contains the Arabic text, audio recitation, and Japanese 日本語 translation of Surah 量を減らす者章 - Al-Mutaffifīn.
وَیۡلࣱ لِّلۡمُطَفِّفِینَ
﴿١﴾
量を減らす者たちに災いあれ。¹
1 このアーヤ*は、商取引において公正ではなかったマディーナ*の民に関して下ったとされる。そしてこのアーヤ*が下った後、彼らの商取引は改善された(イブン・マージャ2223参照)。
(1)Tafseer:
ٱلَّذِینَ إِذَا ٱكۡتَالُواْ عَلَى ٱلنَّاسِ یَسۡتَوۡفُونَ
﴿٢﴾
(彼らは、)自分たちが(買うため、)人々に升(や秤¹)で量らせる時には、(自分たちの権利を)全うさせる者たち。
1 「升」と「秤」の詳細については、家畜章153の訳注を参照。
(2)Tafseer:
وَإِذَا كَالُوهُمۡ أَو وَّزَنُوهُمۡ یُخۡسِرُونَ
﴿٣﴾
そして自分たちが(売るため、)彼らに升で量ったり、秤で量ったりする時には、(相手に)損させる(者たち)。(3)
Tafseer:
أَلَا یَظُنُّ أُوْلَـٰۤىِٕكَ أَنَّهُم مَّبۡعُوثُونَ
﴿٤﴾
一体、彼らは自分たちが蘇らされ(て、応報を受け)る身であると、考えないのか?(4)
Tafseer:
لِیَوۡمٍ عَظِیمࣲ
﴿٥﴾
偉大なる(報いの)日*に?(5)
Tafseer:
یَوۡمَ یَقُومُ ٱلنَّاسُ لِرَبِّ ٱلۡعَـٰلَمِینَ
﴿٦﴾
人々が(行いの清算のため)、全創造物の主*(の御前)に立つ日。(6)
Tafseer:
كَلَّاۤ إِنَّ كِتَـٰبَ ٱلۡفُجَّارِ لَفِی سِجِّینࣲ
﴿٧﴾
断じて(、彼らの状態は正しく)ない!本当に放逸なものたちの(行いが記録された)帳簿は、まさにスィッジーン¹の中にある。
1 この「帳簿」の解釈には、文字通りの意味のほかにも、「行い」「魂と行い」といった説もある(アル=クルトゥビー19:257参照)。「スィッジーン」は一説に、「スィジン(牢獄)」という語から派生した言葉で、地獄での幽閉(ゆうへい)と苦しみの原因であり、それ自体が牢獄のような屈辱(くつじょく)と懲罰の場所にあることが、その名称の由来とされる(イブン・ジュザイ2:548参照)。不信仰者*や不正*者の魂、彼らの行いの帳簿が置かれることになる、世界で最も低い場所のこと(アル=ジャザーイリー5:535参照)。
(7)Tafseer:
وَمَاۤ أَدۡرَىٰكَ مَا سِجِّینࣱ
﴿٨﴾
スィッジーンが何かを、あなたに何が知らせるか?(8)
Tafseer:
كِتَـٰبࣱ مَّرۡقُومࣱ
﴿٩﴾
(その書は、)しっかりと記された¹帳簿である。
1 ほかにも、「目印のつけられた」「封印された」という解釈がある(アル=バガウィー5:224参照)。
(9)Tafseer:
وَیۡلࣱ یَوۡمَىِٕذࣲ لِّلۡمُكَذِّبِینَ
﴿١٠﴾
その日、噓呼ばわりする者たちに災いあれ。(10)
Tafseer:
ٱلَّذِینَ یُكَذِّبُونَ بِیَوۡمِ ٱلدِّینِ
﴿١١﴾
報いの日*を、噓呼ばわりする者たちに。(11)
Tafseer:
وَمَا یُكَذِّبُ بِهِۦۤ إِلَّا كُلُّ مُعۡتَدٍ أَثِیمٍ
﴿١٢﴾
侵犯し、罪に溺れた全ての者以外、それ(報いの日*)を噓呼ばわりしたりはしないというのに。(12)
Tafseer:
إِذَا تُتۡلَىٰ عَلَیۡهِ ءَایَـٰتُنَا قَالَ أَسَـٰطِیرُ ٱلۡأَوَّلِینَ
﴿١٣﴾
われら*の御徴(アーヤ*)がその者に読誦された時、彼は言った。「(これは)昔の人々のお伽話だ」。(13)
Tafseer:
كَلَّاۖ بَلۡۜ رَانَ عَلَىٰ قُلُوبِهِم مَّا كَانُواْ یَكۡسِبُونَ
﴿١٤﴾
断じて(、彼らの主張は正しく)ない!いや、彼らが稼いでいたもの(罪)が、その心に錆をつけたのである。(14)
Tafseer:
كَلَّاۤ إِنَّهُمۡ عَن رَّبِّهِمۡ یَوۡمَىِٕذࣲ لَّمَحۡجُوبُونَ
﴿١٥﴾
断じて(、彼らの主張は正しく)ない!本当に彼らは(復活の)その日、自分たちの主*(の拝謁)から阻まれている。¹
1 復活の日*に天国の民が、アッラー*を拝見することについては、家畜章103とその訳注、ユーヌス*章26、復活章23も参照。
(15)Tafseer:
ثُمَّ إِنَّهُمۡ لَصَالُواْ ٱلۡجَحِیمِ
﴿١٦﴾
それから本当に彼らは、必ずや火獄に入って炙られる。(16)
Tafseer:
ثُمَّ یُقَالُ هَـٰذَا ٱلَّذِی كُنتُم بِهِۦ تُكَذِّبُونَ
﴿١٧﴾
それから、(彼らにはこう)言われるのだ。「これが、あなた方が噓呼ばわりしていたこと(の、報い)である」。(17)
Tafseer:
كَلَّاۤ إِنَّ كِتَـٰبَ ٱلۡأَبۡرَارِ لَفِی عِلِّیِّینَ
﴿١٨﴾
断じて(、彼らの主張は正しく)ない!本当に善行者¹たちの(行いが記録された)帳簿は、まさにイッリイユーン²の中にある。
1 この「善行者」については、裂ける章13の訳注を参照。 2 この「帳簿」の解釈については、アーヤ*7の訳注を参照。「イッリイユーン」は一説に、「ウルフ(高さ)」という語から派生した言葉で、天国における位の高さ、あるいは高い場所であることが、その名称の由来とされる(イブン・ジュザイ2:549参照)。具体的な解釈としては、「天国」「(信仰者の魂が留まる、)天の第七層」「最果てのスィドラ(星章14の訳注を参照)」「天の第七層の上にある、アッラー*の御座(高壁章54の訳注を参照)の右足部分」「天使*たちのこと」といった諸説がある(アル=クルトゥビー19:262-263参照)。
(18)Tafseer:
وَمَاۤ أَدۡرَىٰكَ مَا عِلِّیُّونَ
﴿١٩﴾
イッリイユーンが何かを、あなたに何が知らせるか?(19)
Tafseer:
كِتَـٰبࣱ مَّرۡقُومࣱ
﴿٢٠﴾
(その書は、)しっかりと記された¹帳簿である。
1 「しっかりと記された」については、アーヤ*9の9の訳注も参照。
(20)Tafseer:
یَشۡهَدُهُ ٱلۡمُقَرَّبُونَ
﴿٢١﴾
側近(天使*)たちが、そこに立ち会う。¹
1 あるいは復活の日*、そこに記されている内容を証言する(アッ=シャウカーニー5:535参照)。
(21)Tafseer:
إِنَّ ٱلۡأَبۡرَارَ لَفِی نَعِیمٍ
﴿٢٢﴾
本当に善行者たちは、必ずや安寧の中に。(22)
Tafseer:
عَلَى ٱلۡأَرَاۤىِٕكِ یَنظُرُونَ
﴿٢٣﴾
寝台の上で、(アッラー*と天国の美を)眺めつつ。¹
地獄にいる(現世での)自分たちの敵が罰される様子を見る、という解釈もある(アル=バガウィー5:226参照)。包る者章42の訳注も参照。
(23)Tafseer:
تَعۡرِفُ فِی وُجُوهِهِمۡ نَضۡرَةَ ٱلنَّعِیمِ
﴿٢٤﴾
あなたは彼らの顔に、安寧の輝きを見出す。(24)
Tafseer:
یُسۡقَوۡنَ مِن رَّحِیقࣲ مَّخۡتُومٍ
﴿٢٥﴾
彼らは、封印された¹美酒から飲まされる。²
1 天国の民の飲み物については、サード章51、整列者章45-47、詳細にされた章31、ムハンマド*章15、出来事章17-19、人間章5-6、17-18、21、消息章34も参照。
(25)Tafseer:
خِتَـٰمُهُۥ مِسۡكࣱۚ وَفِی ذَ ٰلِكَ فَلۡیَتَنَافَسِ ٱلۡمُتَنَـٰفِسُونَ
﴿٢٦﴾
その封印¹は、麝香(の風味)。ならば、そこにおいてこそ、競い合う者たちを競い合わせよ。
1 この「封印」には、「混ぜ物」「最後の味、あるいは残り香」といった解釈もある(アル=クルトゥビー19:265参照)。
(26)Tafseer:
وَمِزَاجُهُۥ مِن تَسۡنِیمٍ
﴿٢٧﴾
そして、その混ぜ物はタスニーム¹からのもの。
1 「タスニーム」は「スィナーム(高い場所)」という語から派生した言葉と言われ、高い場所から、天国の民の部屋や家へと流れ注ぐ飲み物。あるいは空中を流れ、彼らの杯にちょうどいい塩梅(あんばい)で注がれる飲み物(アル=バガウィー5:226参照)。
(27)Tafseer:
عَیۡنࣰا یَشۡرَبُ بِهَا ٱلۡمُقَرَّبُونَ
﴿٢٨﴾
(つまり、)側近たち¹がそこから飲む、泉である。
1 この「側近たち」は、天国の民でも最良の者たちのこと(アル=クルトゥビー19:266参照)。
(28)Tafseer:
إِنَّ ٱلَّذِینَ أَجۡرَمُواْ كَانُواْ مِنَ ٱلَّذِینَ ءَامَنُواْ یَضۡحَكُونَ
﴿٢٩﴾
本当に、罪悪に手を染めていた者たちは(現世で)、信仰に入った者たちを嘲り笑っていた。(29)
Tafseer:
وَإِذَا مَرُّواْ بِهِمۡ یَتَغَامَزُونَ
﴿٣٠﴾
また、彼らのもとを通りかかった時には、(馬鹿にして)目配せし合っていた。(30)
Tafseer:
وَإِذَا ٱنقَلَبُوۤاْ إِلَىٰۤ أَهۡلِهِمُ ٱنقَلَبُواْ فَكِهِینَ
﴿٣١﴾
また、自分たちの家族のもとに帰った時には、(信仰者たちを茶化す話に)興じながら帰ったものだった。(31)
Tafseer:
وَإِذَا رَأَوۡهُمۡ قَالُوۤاْ إِنَّ هَـٰۤؤُلَاۤءِ لَضَاۤلُّونَ
﴿٣٢﴾
そして彼らを見た時には、(こう)言ったのだ。「本当にこれらの者たちは、まさしく迷った者たちだ」。(32)
Tafseer:
وَمَاۤ أُرۡسِلُواْ عَلَیۡهِمۡ حَـٰفِظِینَ
﴿٣٣﴾
彼ら(罪悪者たち)は、彼ら(信仰者たち)に監視役¹として遣わされたのではないというのに。
1 信仰者たちが迷いの中にあるという虚偽(きょぎ)の主張をすべく、その行いを見守る「監視役」のこと(アッ=サアディー916頁参照)。
(33)Tafseer:
فَٱلۡیَوۡمَ ٱلَّذِینَ ءَامَنُواْ مِنَ ٱلۡكُفَّارِ یَضۡحَكُونَ
﴿٣٤﴾
ならば、(復活の)その日には、信仰した者たちが不信仰者*たちを笑うのだ。(34)
Tafseer:
عَلَى ٱلۡأَرَاۤىِٕكِ یَنظُرُونَ
﴿٣٥﴾
寝台の上で、(アッラー*と天国の美を)眺めつつ。¹
1 アーヤ*23の訳注も参照。
(35)Tafseer:
هَلۡ ثُوِّبَ ٱلۡكُفَّارُ مَا كَانُواْ یَفۡعَلُونَ
﴿٣٦﴾
一体、不信仰者*たちは、自分たちが(現世で)していた(罪深い)こと(の応報)を、報われたではないか?¹
1 これは、「不信仰者*たちは・・・確かに報われた」という意味を表わす、断定の疑問形(イブン・アーシュール30:215参照)。
(36)Tafseer: